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おばあちゃんの命日

蓮の花

おばあちゃんの命日はいつだった??

 

私に生きる力を与え続けてくれているおばあちゃん。

大好きなおばあちゃんが無くなったときのことが

私の中でとても印象的。

 

昨日まで元気だったおばあちゃんが

翌朝 冷たくなっていました。

 

そのまま、あれよあれよと葬儀となり

火葬場に運ばれ

人間の形をした骨の姿のまま出てきたとき 衝撃を覚えたのです。

 

人間は、死ぬと骨になるのかと‥‥。

 

 

 

私にとって初めての人間の死でした。

 

命の終わりは突然にやってくる。

そして、その長さは人によって様々で 無限の命ではない。

有限な命なのだ。

そう悟ったのです。

 

ならば、いつか終わりがくるこの命 いかに生きるべきか どうこの命を使うべきか

そこから、いかに生きるか? ということが私のテーマになりました。

 

 

一生懸命、この命が尽きるまで 精一杯今日という日を生き切りたい。

 

それが私の今の原点です。

 

時々、この話をひと前でさせてもらうことがあったのですが

自分自身の記憶はあいまいで、

 

ではそれがいつのことだったのか?? ということを あまり意識をせずに今日まで来てしまいました。

 

なんとなく、たしか中学生くらいだったような‥・ というあいまいなものでした。

 

今日は、山下弘司先生のことだま家系図講座4回目。

宿題はご先祖様の命日を調べるということで

家系図を作成する仕事をしながら 祖母の命日を意識してこなかったことを恥じつつ

改めて、自分で作った家系図で祖母の命日を調べてみました。

 

すると、なななんと 明日、8月22日でした 。

 

「ああ、せみが鳴くような暑い日だったな。」

と記憶がよみがえってきました。

 

過去の天気を調べてみると その日は快晴で31度を超える猛暑日でした。

 

そして、大正5年生まれで平成4年に亡くなった祖母。

計算すると76歳。

 

いつの間にか、今年で78歳にはる 私の母は、祖母が亡くなった年齢を超えていました。

 

当時、 私にとってのおばあちゃんは凄く偉大なおばあちゃんで

母もいつの間にか、おばあちゃんになったんだなと しみじみしてしまいました。

 

そして、知りたかった おばあちゃんが亡くなった時の私の年齢は、

当時なんと、10歳だったことが分かりました。

 

ちょうど、昨年私の息子も 10歳の時に、

大好きなひいおばあちゃん(旦那さんのおばあちゃん)を見送りました。

 

当時の私のように 彼が感じたかどうかはわかりませんが…

きっと、おばあちゃんは死を通じて たくさんのものを

私たち子孫に繋いでいってくれたと思います。

 

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先月、丁度そのおばあちゃんの話になった時。

7歳になった下の息子が 「ばばちゃんは何歳で亡くなったんだっけ??96?」

 

と聞いてくるので、

「そうだよー。あとちょっとで100歳だったね。」 とそんな話をすると…。

 

「僕はね、ばばちゃんよりも長く生きたい。 100歳を目指すよ。だから健康的な生き方をするよ」ってw

 

するとお兄ちゃんも 「僕もね、ばばちゃんより長生きするよ。」って。

なんだか、ほっこりしたひと時でした。

 

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後日談。

 

先日、8月1日に 私がEN日でエンディングノートを書きながら 閃いたこと。

 

「私の死後、100年祭を子孫みんなで盛大にお祝いしてほしい」

 

子供たちに、「ママはね、新しい夢が出来たんだ。

私の死後、100年祭を子孫みんなで盛大にお祝いしてほしい。こんな夢だよ、よろしくね。

死後100年だから、 きっと君たちは既にこの世にいない可能性が高いので

ちゃんと君たちの子供や孫に伝えておいてね。遺言だよ。」

 

と子供たちに伝えました。

 

すると、、、

 

「ええええええええええ、こどもに、そんなこと 今言われても困るよ。 無理だよー。

忘れちゃうから紙に書いておいてね。」 だって。(笑)

 

先祖の願いとして遺言に残しておこうと思います。

 

死後100年を祀るために、子孫が集まるということ。

それがどんなに大変なことか 家系図を作っていてもよくわかる。

家を繋ぐことの大変さ。 子孫を繋ぐことの大変さ。

 

例え名字は違えども・・・・

 

「100年前に、この人が家系図を作ってくれて 子孫皆仲良く、協力しなさいよ。

私が死んで100年たったらお祝いしてね。

って遺言と子孫が集まるお金を残していったのよ。

だから、子孫は皆 つながりを大切にしながら 今日まで生きてきたのよ。」

 

ってそんな風に子孫の誰かが会話してくれて

 

「なんだかおもしろいおばあちゃんだね」って 思い出してくれたらうれしいな。

 

ってそんな夢を描いた令和3年の夏でした。

 

私のおばあちゃんが亡くなって明日で29年。

すると、あと71年で死後100年か。 ということは、

私にはおばあちゃんの100年祭は出来ないので これは子供たちに繋いでいくしかないな。w

 

こうやって繋いでいけば、 私の死後100年祭も忘れられずにいるかしら…。

 

ということで おばあちゃんへの思いがあふれて 感動した時間になりました。

 

おばあちゃん、ありがとう♡ そして 山下先生、ありがとう♡

ことだま家系図講座の皆さま、ありがとう♡

 

 

緊急事態宣言で、おばあちゃんのお墓詣りにも 行けそうもないので

遠く離れたこの地から おばあちゃんの想いを感じながら ご冥福を祈ります。

塩崎明子 令和3年8月21日