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浜松城 二の丸遺構調査

こんにちは、みそら広報部です!

実は先日、弊社が根を張る浜松市のシンボルでもある

「浜松城の二の丸遺構発掘現場」を特別に見学させて頂きました!

 

浜松城は、歴史の深い建築物です。

今、そのお膝元にてかつて徳川家康公が居城なさった頃の遺構の発掘が進められていることをご存知でしょうか?

浜松市役所の横、旧元城小学校跡地から発見されたのは、かつての「二の丸跡」です。

二の丸跡からは、その威厳ある天守閣の姿を眺めることができます。

 

当時の天守閣は今の姿の1.5倍は大きく、また平野部に接し経済的な中心地に立地していたそうです。

私は今回、「浜松城の天守門は東からの方がよく見える」ということを初めて知りました。

これは、”築城時に曳馬側に向かって城下町が広がっていたからだ”という説明を聞き、驚きました。

権威の象徴でもある「城」が、町民たちからどのように見えているのか?

ただ建てるのではない。

いかに攻められにくいか?発展しやすい土地か?ということはもちろん、魅せ方すらも熟考された上で建築されたんですね。

築城ひとつをとっても、本当に奥が深いです。

浜松城は、曳馬城(元城東照宮)を拠点にその勢力を西へと拡大する途中、元亀元年(1570)に徳川家康によって築城されました。

その後、様々な徳川譜代大名たちによって整備が進められたことが分かっています。

中でも、天正18年(1590)に、堀尾吉晴(豊臣秀吉の重臣)により、大規模な石垣が備えられたことが有名です。

 

浜松城二ノ丸御殿は、江戸時代における中心的な建物です。

その内部は、政務を執り仕切る「表御殿(政治空間)」と、藩主の生活空間である「奥御殿」として使用されていました。

そしてなんと、そんな貴重なこの遺構の上に、NHKにて放送が決定している「どうする家康」の大河ドラマ館が建てられるそうです。

歴史を保護しつつ、遠方より見えるお客様にその素晴らしさを伝えるために、この場所が選ばれとのこと!

まさに歴史的地の上でどんな展示を拝見することができるのか・・。

 

今から足を運ぶのが楽しみでなりません!

さて、専門家による発掘調査から、今回出土した遺構はその基礎にあたる部分であることが分かっています。

「雨落ち溝」、「礎石」、「礎石据付穴」、「瓦」・・・。

時代が変わるごとに、建物を潰しては新しいものを建てることを続けてきた浜松市では、地層となってこれらが現れるそうです。

今回の発掘において、本当に様々な歴史的遺物が発見されていることを改めて知りました。

 

 また、先程話にも上がった立派な「石垣」。

実は今回、その貴重な石垣を間近で拝見させて頂くだけでなく、代表の塩崎・広報の虫生で実際に石垣にも触らせて頂きました。

歴史的遺物へと手をふれさせて頂けたこと、感動と興奮で歴史的遺物への想いがより一層深まり、胸が一杯になりました・・!

次回のブログでは、その時に伺ったお話をさせて頂こうと思います。

是非、お楽しみに♪

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